SERVICE

 ある夏の夕暮私は店先の縁台に腰を掛けて煙草を喫しながら往来を眺めて居た時、ふと去年別れた照子の事を想ひ出しました。

 あの当座は何れ程悲しんで居たか知れなかつたのですが、何と云つても月日には勝てないもので、此頃ではまあいゝあんばいに殆ど照子の事は忘れてしまつたのでしたが、又想ひ出したのです。私は悲しくなりました。

向うから来た釜形かまがたの尖とがった帽子を被かずいて古ぼけた外套がいとうを猫背ねこぜに着た爺じいさんがそこへ歩みを佇とどめて演説者を見る。

 天気の好い日曜の朝だつた。五六人の友達が遊びに来て、「芝居ごつこをやらないか。」と云つた。自分は直ぐ春ちやんの綺麗な顔を想つた。「ウン、やらう。」と即座に答へた。

 先づ見物人を集めに出掛けた。直ぐに集つた。大部分は女の子で、其外は自分達よりはるかに幼い鼻垂れの子供ばかりだつた

向うから来た釜形かまがたの尖とがった帽子を被かずいて古ぼけた外套がいとうを猫背ねこぜに着た爺じいさんがそこへ歩みを佇とどめて演説者を見る。

カーライルはおらぬ。演説者も死んだであろう。しかしチェルシーは以前のごとく存在している。

否いな彼の多年住み古した家屋敷さえ今なお儼然げんぜんと保存せられてある。千七百八年チェイン・ロウが出来てより以来幾多の主人を迎え幾多の主人を送ったかは知らぬがとにかく今日こんにちまで昔のままで残っている。

向うから来た釜形かまがたの尖とがった帽子を被かずいて古ぼけた外套がいとうを猫背ねこぜに着た爺じいさんがそこへ歩みを佇とどめて演説者を見る。